因果応報の記事一覧

         
2021年04月10日

377 :修羅場な話 2017/02/25(土) 22:01:05 ID:8QG

同級生が私父と浮氣→離婚→再婚→無職→SOS!!

sosが来たのはまさに今日の出来事なんだけど、投下させてください。
長文なうえに前提長いです。

一回で入らないので分割してあげます。



私が25のとき、父(以下アホ)が会社の若い子と不イ侖し家庭を捨てた。
この若い子(以下S子)が私の小学校時代の同級生だった。
私は三兄弟の一番上で、当時社会人だったのは私だけで下の弟たちは高2と中3だった。
私自身は大学進学と同時に上京し地元を離れていたのだが、上の弟から一連の連絡があり急遽帰省。
S子とは小学校が同じだったくらいだから親同士も顔見知り。
中学で学区が別れて以来没交渉に近かったが、小学生のころはお互いの家に遊びに行ったこともある。
S子は自身の妊娠を理由にアホと結婚を望み、不イ侖で人の家庭を壊したことを「たまたま奥さんの方が出会うのが早かっただけ」だと主張。
S子の両親が激怒しても、泣いて諫めてもS子は主張を曲げず、愛の試練的なノリでますます火に油だった。
自分の娘と同じ年の子にのぼせ上ったアホも脳みそがすっかりお花畑で家族全員呆れた。
母を裏切りS子にのめり込んだアホをもう父親だとは思えず、兄弟三人で母に離婚するよう勧めた。
とはいえケジメは必要なので、再婚したければ好きにしろ、そのかわり払うものをきっちり払えと弁護士を雇って慰謝料(アホとS子双方に請求)と弟二人の養育費+学費を含む金額をむしり取ることにした。
浮かれきっていた二人は渋ることなく支払った。さっさと払って母に離婚に応じさせたかったんだと思う。
S子は妊娠していたし、アホと母の離婚が成立しなければ生まれても非嫡出子扱いだからこちらが足元を見て結構な金額を吹っ掛けた自覚はある。
アホとS子は、その際に築5年未満の自宅を追い出されるとは思っていなかったらしい。
(S子が新築のきれいな家で愛する人と一緒に暮らせる!と浮かれているのは見ているだけでわかった。)
元々実家は母方の祖父母が住んでいた場所で、祖父母が母の弟夫婦の元に身を寄せる際に家の建て直し費用と一緒に土地を生前贈与で母にくれたもの。
当然名義も母だから、アホには何の権利もなかった。
余談だけど、S子に請求した慰謝料よりも多めに支払われたのはS子の父親が地元のお役所に勤めていた人物だったから、口止め料的なものが含まれていたんだと思う。
この騒動で仕事を続けられたのかどうかは不明。
二人に全部一括で支払わせて、S子にアホをくれてやった。
捨て台詞的なものを吐かれたけどアホに対する愛想が尽きていたこともあって、正直どうでもよかった。




         
2021年03月27日

115 :修羅場な話 2009/03/25(水) 12:50:38 ID:2UFuQQ1TO
35才の時にあった、同窓会での出来事。(ホテル・平服)

受付を済ませ、今でも交流のある、仲の良い友達(A子とB子)と3人で楽しく話していた時、
小・中で何度か同じクラスになった事のあるC子がやってきた。
きゃっきゃっ言いながら「久しぶり~Aちゃんじゃん」
「あッBちゃんだ~」とした後、私をちらっと見て「ふんッ」とあからさまに無視した。
A子とB子が固まるくらい、あからさまに。すごく気分悪かった。
…が、その時アイドル的存在だったD男が、パコッと私の頭を叩き
「〇〇(私)じゃん!元気だったか?」などと、話掛けてくれ、空気が和み
その場に居れなくなったC子はどこかに行った。

その後、同窓会はすごく楽しく過ごしたんだけど、
後日、C子の同窓会の出来事についての話が伝わってきた。
同窓会でのある男の人に対する態度で、その人を怒らせ、頭からビールをかけられ、唾までかけられた。
普通だったら、「C子可哀想」と言う声が聞こえてきてもよさそうなのに、
「あれは女(C子)が悪い」と同情すらされてなかった。
平服にビールと唾…しかも大勢の同級生の前で…それでも同情すらされない。
もう同窓会には来れないだろうな。
その昔、体調不良で吐いてしまったC子の、片付けをした私。
それが、こういう形で出たんだろうなと思った。

         
2021年02月20日

77 :修羅場な話 2020/01/12(日) 17:48:07 O.net
元コトメから嫁いびりを謝罪された
自分が嫁いびりされて、どれだけひどいことをしたのか思い知ったそうだ
「祖母の形見の手鏡を取り返してくれたら考えます」とだけ告げて切った
祖母が大事に使っていて、私の嫁入り道具として持たせてくれた手鏡
それを元コトメは笑いながら割ってゴミ袋に捨てた
あちらの義母さんは嫁入り道具を捨てないだけお前よりましだよ
タヒぬまで嫁いびりされろ糞が

         
2021年01月15日

944 :修羅場な話 2020/12/06(日) 13:04:16 0.net
今年、アラフォー独身コトメが急に重い病気になって入院した
入院先は義実家から車で1時間半、我が家からは車で30分、義弟家からは徒歩10分の大病院
病院内でじっとしてる分には元気らしくてコトメは大抵のことを自分で処理したけど
、ネット通販の届け先を義弟家にするから病院へ持ってきてくれないかと義弟に頼んだ
その義弟は仕事が忙しくて面会時間に行けないから専業主婦の義弟嫁に
「コトメの通販した荷物が届いたら病院へ届けてくれないか」と頼んだらしい
ところが義弟嫁はその日のうちにトメへ文句のLINEを送ってた
トメがショック受けて動悸がするというからどんなひどいこと書いてるのかと見せてもらったけど

「宅配の受け取りは精神的な負担が大きいのに勝手に私の労力をアテにされたら困る」
「病院に出入りするのはコロナ感染リスクが高まる。小さい子供に何かあったらどうしてくれる」
「徒歩10分というけど病院内が広いから子連れで歩けば何倍もかかる」と
びっくりするくらい薄情な言い訳だらけ

         
2021年01月01日

645 :修羅場な話 2017/10/19(木) 23:49:33 ID:GKYo0NQP0.net
私は美人の妹が捨てた男を拾って大当たりだった
遺伝子が良かったのか娘も息子も賢くて優しい
義家族もみんな頭良くて優しい
妹は顔だけはいい背の高い、ちょっと出自や経歴の怪しい男に乗り換えた結果
今県民団地生活で
ものすごく私と旦那を憎んでうらんでしょっちゅうファビョって電話してくる
取ったんじゃないよ、「あんたつまらん」と捨てられてぼろぼろになってた旦那に数年後偶然会って
同情してちょっと元気付けたりしてたらこうなった
だから略奪なんて単語使われるのはものすごく不愉快
ほんとは私のものだった家と金と資格を寄越せとかトウシツみたいなことをわめく
姪2人はエラと釣った目があちらの義母そっくりで「やっぱりな」と思ってる
妹家族は全員耳が悪いのかと思うくらい大声で罵り合って生活してるんだけど
テレビつけっぱなしなのも会話しにくいだろうし
家は狭けりゃちょっとは片付ければ快適に過ごせるのに、なんでああなんだろ
美人だった妹がだらしなく太った匂う金髪ばあさんになるなんて20年前は想像できなかった
親戚中が私sage妹ageだったんだよ。衝撃だわ
けど長い人生、これからどうなるかわからんので普段から真面目にこつこつ生きていきます

         
2020年12月30日

53 :修羅場な話 2016/02/08(月) 10:07:47 ID:FUcKMqvU0.net
フェイクあり

我が家は義実家と近距離別居
義実家とも仲良くさせていただいて、週に2回ほどどちらかの家でみんなで食事をしています

ある日義実家で夕飯を食べていたら、お義兄さんがとある女忄生を連れてきてきました

ここで少し昔の話になります

まだ私が結婚する前に仕事をしていた頃、やたらと相忄生の悪い同僚がいました
彼女も私も新卒でその会社に入ったのですが、くだらない理由で嫌がらせを受けていました(数回あの世に逝きかけました)
最終的に私にしていたような嫌がらせを他の人にもしていたのがばれて退職していきました

話しは元に戻るんですが、お義兄さんが連れてきた女忄生というのが件の彼女でした

あ、杀殳人未遂の女だ!とつい口走ってしまい事情を知っていた義実家やお義兄さんが彼女の正体を知り、結婚の話をしに来たつもりがただの糾弾会になってしまいました

彼女も私も良い年なんで、彼女にとって最後の結婚のチャンスだったかもしれないのに残念でした…

         
2020年12月29日

26 :修羅場な話 2006/11/22(水) 03:53:48 ID:EXXtsKAU
昔の自分の事なんだけど、

私が大学受験を控えてた頃、
フリーターでポテチを食いながらゲームをするデブな兄を見て
「あんたは楽でいいよね」と罵ってた。
良い大学に合格した私。
いい気になってたけど大学中退。
フリータになった。
兄の立場になって兄の痛みがわかった。
全然楽なんかじゃなかった。

兄は公務員試験を受けて今は安定した生活をしている。
貧乏な私にたまにくれるおこずかいに泣きそうになった事があった。
兄を罵った事をすごく後悔してるよ…。

         
2020年12月23日

884 :修羅場な話 2016/02/19(金) 16:05:08 ID:1de
ごめん。恨みの年数長いから書き込みも長くなる。
義兄夫婦がやっとこさ離婚した。
ちなみに義兄は最初から最後まで空気ね。
義兄嫁は私たちの結婚から2年後に結婚したんだけど、ウトメは一言も同居の話なんかしたことないのに時代はもう昭和じゃないんですぅー長男も次男もないですぅーと堂々言ってのけた。
そんな感じだからウトメも私家も義兄家とはほぼ没交渉。
私の旦那(次男)は会社が近くだったものもあって義実家から徒歩3分の場所に家を建てた。
ウトメから新築祝いは貰ったけど、それ以外の援助はない。(誕生日等は除く)
散々義実家というワードに顔をしかめていた義兄嫁、うちが近距離別居で円満とわかるやいなや「援助受けてるだろズルイズルイ」ってなった。
そんなタイミングと時を同じくして近隣で開発が進む話が出てきたんだけど、それで勢いづいた義兄嫁、義兄をせっついて私家から徒歩5分もかからない所に新築。
私たちの時のように新築祝いしか渡さなかったウトメと軽くトラブったらしいけど今でもよく知らない。
予定通りに開発は進んで今までの不便が一気に解消された。
そしてなぜか知らないけど同時に近隣住人の都会化みたいなものが始まり、子供が幼稚園のうちからジジババの金を引っ張ってガンガン習い事をさせる親が大量発生。
もちろん義兄嫁も感化され、孫息子の為だろうと凄んであれだけ毛嫌いしてたウトメから金を引っ張って週4で5種類の習い事漬け生活に。
うちにも息子が二人るけど自ら興味を持てるものを見つけるまでは無理に習い事をさせなかった。
これについても数え切れないくらい義兄嫁からバカにされた。
上の息子が小学生になった時に足が早くなりたいんだけどどうしたらいいかと聞かれ、プールと体操を習いたいというので通わせた。
負けず嫌いの下の息子も一緒にやるというのでクラブに入会。
義兄嫁からは今更遅いだの言われて腹は立ったけど、あまり気にならなかった。
むしろ必タヒすぎなのが逆に心配なるほど。
もはや義兄家息子に何をしてほしいのかわからなかったし。
義兄家息子もなぜ習い事をしてるのか意味がわからなかったと思う。

         
2020年12月14日

818 :修羅場な話 2020/11/16(月) 13:02:15 ID:lH.wu.L1
うちの旦那はリーマンショックの時に勤務先の建設会社が倒産し、無職になった
当時私が第一子を妊娠して仕事辞めたところで
これからどうなるの!?とお先真っ暗になったけど
旦那親が、義実家近所の空き家を安く借りる手配をしてくれて
引っ越しも義実家の人たちでお金かけないように協力してくれて
家賃が5万円浮いただけでもすごく助かった
旦那は就職活動しつつ、義実家の近所の農家でアルバイト
私もそこで座って出来る野菜の袋詰め作業をして働けるだけ働いた
本当はいけないことけど、雇用してることがバレないように
農家さんが給料はポケットマネーで現金払いしてくれたし
妊婦は沢山食べなきゃと食糧を沢山くれて涙が出るほどありがたかった
就活で突然休んでも許してくれるし契約社員だけど仕事が決まればお祝いくれるし
本当にあの頃の私たち夫婦は周囲の善意に救われてきた
旦那は苦労したけど全然畑違いの業種でアルバイトから契約社員、正社員と昇格
私も短時間パートから数年かけて正社員になって
義実家に子育て手伝って貰いながらどうにか安定して暮らしている
今でも義実家やご近所さんたちにはすごく感謝してる

でも、出産後にお祝いに来てくれた友人達にその話をしたら
Aからはなぜか上から目線で「私ちゃんは人生設計が甘い」と言われた
田舎の中小企業で事務員してた私が、リーマンショックが起こること、
それで建設業界の受注が激減して旦那の勤務先が倒産するところまで予測して
結婚相手や子供作る時期を選ばなかったこと、
そもそも私が新卒の時点で一生働ける会社を選ばなかったことが悪いとAは言う
私も他の友人達もぽかーんとしてるのにさらにAはドヤ顔で
「私が一番好きなのは元カレだけど今後の人生を考えて今の旦那と結婚した」と語りだして
冗談でもそういうこと口にしちゃだめだよと窘められても聞かなかった
当時のAは芸術系の学校を出て、普通の会社員しながら芸術の勉強も続けて
結婚後は自宅で教室を開いて扶養の範囲内で芸術活動をしていた
旦那さんは芸術活動に理解があって協力や応援を惜しまない人で
そういう都合のいい結婚相手を選んだ自分すごい!という自信がAの言動には溢れてた

         
2020年12月05日

585 :修羅場な話 2020/06/30(火) 09:01:55 ID:hyk
私の実家は貧乏だった。
母一人子一人、薄暗い2Kの市営住宅で暮らした。
父も母も天涯孤独で、その父も私が母のお腹にいた時に事故で亡くなった。
小さい子を抱えて、それでも母はどんなに誘われても夜の世界の仕事だけはしなかった。
母なりに、女の子である娘への影響を考えたんだろうと思う。
私が寝ているうちに新聞配達をして、私を学校に送ってから仕事に行って
必タヒにお金を貯めて、私に「大学に行け」と言った。
とにかく手に職をつけろと言った。
私もできるだけ母に負担を掛けさせたくなかったので、高校生になってからはバイトをした。
稼いだお金は進学の為に全て貯金していた。
母は学費なら心配するなって言ってくれたけど、できるだけ負担を掛けたくなかったから。
運良く学費免除の推薦枠で進学することができた時には母と共に初めてホールケーキを買ってお祝いした。
大学では寮に入った。同時に母はある会社の独身寮の住み込みの寮母さんに転職した。
そして私は卒業後ある会社に就職し、そこで先輩同僚の男忄生と付き合うようになった。
交際は順調だった。私の実家の貧乏っぷりももちろん知ってる。
父のことも母のこともなんの隠し事もない。
彼自身は普通のサラリーマン家庭の一人っ子。
結婚話が出始めた頃に、業界のイベントで取引先の女忄生Aが彼を気に入った。
その女忄生Aが中学時代の同級生だった。
Aは私の実家の貧乏ぶりを尾鰭をつけまくって彼に話した。
「あんな家の子を嫁にしたら苦労するから止めた方がいい」と。
「私(A)の父は会社経営やってるし、地元ではそこそこの力のある家。
私と付き合った方がいいよ!」と。
彼は歯牙にもかけなかった。
彼が言うには、あまりにも馬廘馬廘しい尾鰭で聞いてるだけで気分が悪くなったそうだ。
だから全く問題なかったんだけど、でも私の中にはモヤモヤが残った。
貧乏だったけど必タヒに生きてきた。母も真面目に娘の為に頑張ってくれた。
誰に後ろ指刺されることもない。なのに何故あんな言い方されなきゃいけないんだろう。
そう思っていたら、Aが仕事帰りに私を待ち伏せていて
「あんたみたいな貧乏出の女には勿体ない。身を引いた方が彼のためだよ?」
と言った。
それまで生きてきて、あんなに人を呪ったことはなかった。
ハッキリと「タヒねばいいのに」と思ったその翌日、
Aは車に撥ねられた。
が、一命はとりとめたらしい。
「タヒねば良かったのに」と思った。
数日後、急変して亡くなった。
これも言霊の力なんだろうか。

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