感動の記事一覧

         
2021年08月13日

646 :修羅場な話 2011/03/09(水) 01:22:41 ID:ir80Git2
母親にしか話してないけど
成宮さんと写メがとれたこと。
浪人時代に偶然見かけて、大学受験の御守りにと無理に頼むと赤本もってツーショットでとってくれた
お陰様で第一志望受かった
ヨレヨレの赤本を「頑張ってるね!」と言ってくれたのが忘れられない

プライベートなのに申し訳なかった、ありがとうございました


         
2021年08月08日

917 :修羅場な話 2012/09/08(土) 14:30:38 ID:tqmxqclA0
バス乗ってたら、座ってた男忄生が小声で携帯に出て何か話した後、結構でかい声で
「よっっっしゃぁ!」
と叫んだ。
車内のびっくりした目が集まったのに気付いたのか、急に顔真っ赤にしてペコペコしながら
「すっ、すいません!妻が今、出産して…」
と。
するとバスの運転手さんが
「わたくし安全運転、時間厳守を心がけておりますので残念ながらスピードは出せませんが、おめでとうございます。
安全に、時間通り、お客様方、お父様をお運び致します」
と放送かけた。
男忄生の近くに座ってたお婆さんが男忄生に話しかけてて
「おめでとうねぇ」
「ありがとうございます」
「子供は可愛いわよぉ。大事にしてあげてね」
と会話してた。
病院前のバス停に着くと、男忄生は「すみません、お騒がせしました。ありがとうございます」と運転手さんに言って、こけそうになりながら降りてダッシュしていった。
いいもの見た。

         
2021年07月21日

100 :修羅場な話 2020/03/19(木) 22:21:58 ID:Jf.ut.L1
最近趣味の集まりが切っ掛けで老舗のお蕎麦屋さんの店主さんと友達になった
その方のお蕎麦は老舗だけあって値段は少し高いけどびっくりするほど美味しい
蕎麦自体も喉越しも歯切れも良くてとても美味しいけど何よりつゆの奥深い風味に感動してしまった
店主さんに「なんでこんなに美味しいんですか?やっぱり高級なお醤油とか鰹節とか使ってるんですか?」と聞いてみたところ、「ワインを使ってます」と言われてビックリした
普通は蕎麦のつゆは醤油と出汁と日本酒や味醂を煮込んで作るけどそこにワインも入れるらしい
なんでもワインは日本酒には含まれてない旨味成分が豊富で適度に使うと味に深みが出るとか
思わず「それって私に教えてもいいんですか?企業秘密じゃ?」と聞いたら
「実は外国のお酒や調味料を使うことは和食では珍しくない技法です。それに配分や煮込みの具合が分からなかったら再現はできませんから」とのことだった
その店主さんは実家のお蕎麦屋さんを継ぐまでは懐石料理のお店で修行してたそうで、そこで学んだ和食の技法も自分のお店のお蕎麦に取り込んだそうだ
なんとなく伝統的な和食とかお蕎麦って昔ながらのやり方や素材にこだわるってイメージがあったけど話を聞くと時代時代で新しい素材や技法も研究して取り込んでるらしい
それはもちろん伝統技術をマスターした上で和食の文法に合わせたやり方じゃないと半端なミックス料理になってしまうから慎重にやる必要はあるそうだけど
なんでも最近はラーメンの技法の研究をしてるらしい
ラーメンは競争が激しい分色んな店主が色んな工夫を開発してるんで勉強になるんだとか
伝統の世界って思ってたより革新的なところもあるんだなと感心した

         
2021年07月07日

153 :修羅場な話 2011/02/23(水) 17:44:25 ID:3ZibOJ2n
数年前、近所を歩いていると、閉まっているクリーニング屋の前で
ウロウロしている全盲の人がいた。
クリーニング屋には張り紙があり、「臨時休業」となっていた。
その人に「今日はお休みのようですよ」と声をかけた。
で、立ち去ろうとしたのだけど、その日は迷惑駐車が多くて道路脇を歩くのも
危険な状態だったため、「車の少ないところまで一緒に行きましょう」と再度声をかけた。

すると、「では寄りたい場所があるので、お願いしてもいいですか?」と言われた。
そこから徒歩5分ほどのスーパーだったので、快く引き受けた。
スーパーにつくと、「買い物も付き合って貰えますか?」と。
特に用事はなかったので引き続き付き合うことになった。
「友人への贈り物として1000円ほどのお菓子を買いたいので、選んで下さい」と言われ、
説明をしながら金額を考えて一緒に買い物をした。

レジでお金を払い終わるとその人は、私の方へ袋を差し出し、
「ありがとう、どうぞ。あなたへの贈り物です」と言った。

「この辺りを歩いていて、こんな風に声をかけてもらったのは初めてですよ」
と穏やかにほほえみながら話して、去って行った。

その人も嬉しかったんだろうけど、私自身、こんなに嬉しい贈り物は初めてだった。

         
2021年06月27日

746 :修羅場な話 2009/01/11(日) 02:29:17
母親が母親になりきれず、小学生の自分に「お前なんか生まなければ良かった」と言われ
ちょっと記憶障碍?(4年程の記憶がない)になったり。

そんな母親と非常に仲の悪かったマザコンの父親にネグレクトから暴カといった結構な虐侍を受けたり。

そういう状況から幼くして家出をした自分を引き取り二人の従兄弟と分け隔てなく育ててくれた伯母伯父。

「お父さんが会社経営をしていて多少金銭的に余裕があったからお前を引き取ったんだよ。」って伯母。
身体弱くて引き取ってくれた12年のうち3年は入院してたじゃないですか。
今娘がいるけどお金だけじゃ子供は育てられないです。

お正月に会社の人呼んでお酒飲んでるときに「社長のとこどれが息子さん?」
って聞かれたときに僕は違うよって言おうとしたら「3人とも俺の息子だ」って。
トイレで泣きました。僕にはその台詞簡単には言えません。

結婚した時も子供が産まれた時も実の親より先に病院に来てくれてありがとう。
産まれた娘を抱っこしてもらうときに「孫じゃないけど似たような感じかな?」ってそっと聞いたら
「初孫よ」ってにこってしてくれたのは忘れられません。

弟達(従兄弟)へ、ごめんね。初孫は兄ちゃんが抱かせてしまいました。

小さい頃は自杀殳を考えたりとか人間不信、対人恐怖症で学校行けなかったり
パニックになったり色々迷惑をかけたけど自分の家族になってくれてありがとう。

今幸せです。

長くてすいません。

         
2021年06月05日

899 :修羅場な話 2013/03/07(木) 19:09:27
私60、嫁43、娘20×1
おっさんの話で申し訳ない。

一昨日の深夜このスレを読んで、ここ数年、嫁と穏やかに話すことすら無かったかもしれないと青ざめました。
これは実行に移さないとと思いました。
昨日の夕方、仕事を終えて真っ直ぐ嫁の部屋に向かうと、嫁はテレビをボーっとみていました。
部屋に現れた私をチラッと見た後、またテレビに目線を戻されてしまいましたが
こんなことで詰まってはずっと言えないままだと意を決して、テレビの横にあるドアの前で立ったまま話しかけました。

私「ただいま、お母さん」
嫁「・・・・・・」
私「そのままでいいから聞いてほしいんよ」
嫁「・・・・・・んぁ?(テレビを見ているまま)」
私「結婚する前、うちの家に滅茶苦茶言われても黙って我慢しとったね」
私「結婚して大分経って、▲▲(娘)も大学生になって、大人になりよったけんどねえ」
嫁「・・・・・・」
私「私は○○ちゃんのこと愛しとるけん。これからもずっとよ。結婚してくれてありがとう」
嫁「・・・・・・」
私「愛しとるよ、○○」
嫁「・・・・・・」

20秒ほど?待っても反応が無く、不発かと思いかけた時でした。
テレビを見ているままだった嫁の目から、つーっと涙が出てきて、ゆっくりとこちらに首が向きました。

嫁「・・・・・・(無言で泣きながらこちらを見る嫁)」
私「あ、あ、ごめんよお母さん、急でびっくりしたかな、ごめんね、ごめんね(パニック)」
嫁「好きよ」
私「・・・・・・・(びっくりしすぎて声が出ない)」
嫁「お父さん・・・ごめんなさい、好きよ」

そこまで聞いた後、号泣してしまって覚えていません。
嫁の横にすがりついて、看護師さんが駆けつけるまで大声で泣いていたようです。
聞いた話では、嫁が「好きよ、ごめんね」と繰り返しながら頭を撫でてくれていたそうです。

嫁が脳卒中で倒れて7年、悪化の一途を辿ってきた中おおよそ4年ぶりに交わした会話でした。
娘も大阪へ行き、情けなくも介護に勝手な限界を感じ始めていましたが、一番苦しんでるのは嫁だ、ともう一度気づくことが出来ました。
私の親族に酷い中傷を浴びても微笑んで受け流し、一緒になってくれた嫁。
このスレに私も嫁も救われました、愛する家族とこのスレに、ありがとう。

         
2021年05月15日

464 :修羅場な話 2008/07/24(木) 02:03:29 ID:jBd4DXfX
子供の頃よく通ってて、仲良かったおもちゃ屋のおばちゃん(当時)
自分にも子供が出来たら、そこで思いで話の一つもしながら子供に何か
買おうと思ってて、おばちゃんも「将来、○○君(俺)に子供が出来たら、
おばちゃんが何かプレゼントしてあげる」と冗談交じりに言ってた。
そんな俺に子供が出来て数年がたった。やっとおもちゃにも興味を持ち
ヒーローの変身セットが欲しいと言う。しばらく振りに実家に帰り、そのおもちゃ屋
に行った。気分は子供のまま。「おばちゃ~ん!こんにちは!」
出てきたのは40歳前の綺麗な奥さんだった。
「あれ、おばちゃんは?分厚いメガネ掛けてて、昔レジに立ってたと思うんですけど?」
「母です。去年の暮れ亡くなりました。不慮の事故で・・・。」
歳だとはいえ、まだ亡くなる様な歳だと思ってなかったからショックだった。取り敢えずお線香を
あげさせて貰った。すると娘さんが奥からショベルカーのおもちゃを出してきて、
聞けば亡くなる一ヶ月前にふと思い出したかの様に、近所に住む俺の親戚から子供がいる事を
聞いたのを娘さんにポツリと話し出し、約束は守らなきゃとラッピングまでしてくれていたらしい。

泣いた。息子の目の前で大粒の涙を流して泣いた。
あんなガキの頃の口約束を覚えていてくれたなんて。
亡くなった事のショックとおばちゃんのやさしさが本当に心に染みた。
おばちゃん、ありがとう。息子に大事に使うように言うよ!
いつか、お礼いいに行くから。
長文、スマン。


         
2020年12月17日

452 :修羅場な話 2018/11/21(水) 03:27:41 ID:Lkb
今、興奮してるから無駄に長いです

私と友達(以下、友)は中学と高校が同じ、家も近所、一人っ子同士で母親同士も友達
高校を卒業してからは大学も就職先も離れていたし
さらに結婚してからは夫の仕事の都合で引っ越したり、子供が生まれたりして
年賀状のやり取りと、年数回の電話くらいの付き合いになっていた
(メールやラインが普及する前の話)

私の娘が幼稚園の年長さんのある日、友から電話がかかってきた
いつもの近況報告かと思ったら、妙に硬い声で「入院することになったの」と言う
友のところは娘より一歳下の女の子が一人(以下、友子ちゃん)
私が「もしかして、友子ちゃんに弟か妹が?」と考えかけたら
友「わかんない病気なの 検査入院なの」
私「えっ!?」
友は最近体調不良で、医者にかかってみても原因がわからず
紹介状をもらって大きな病院で検査入院することになったそうだ
「あれま、でもここではっきりさせておいた方が後々安心じゃない?」と言うと
「そうだね……」と元気がなかった

医学のことは詳しくないから友から聞いた話をはしょって書くと
検査入院してもわからず、他の病院を紹介してもらってまた検査入院してというのを繰り返し
かなり具合が悪くなったころ、ある大学病院に行きついた
そこでやっと、病名がわかった
驚くことに、日本で数例しか症例のない、珍しい病気だった
友「道を歩いていたら宇宙から降ってきた隕石に当たった、くらいの確率よねー」
病気の治療というのは統計と経験値だそうで、そんな数少ない症例は治療法が確立されていない
しかし放っておいたら友は確実に命を落とす

         
2020年07月14日

115 :修羅場な話 2018/11/06(火) 08:49:46 ID:AxR
娘が結婚したの。
娘と言ってもね、婆とは血が繋がってないのよ。
娘が4歳の時、婆がママになったの。(本当の母親は1歳になる前に他界したのよ)

爺は子供がいることで婆との結婚になかなか踏み切れなかったみたいなのね。
婆はそんなの関係なく爺と結婚したかったのだけど。
ある時婆と爺と娘とで買い物に出掛けた時に、爺が急用で30分ぐらい会社に行ったの。
その間娘と一緒に本屋さんで時間潰したんだけど、とっても良い子だったから
「一番欲しいの選んでいいよ。お姉さんがプレゼントする」って言ったのね。
そしたら俯いて婆の手をギュッと握ってプルプル震えてるの。
「遠慮しなくていいよ?選んでいいよ?」って言ったら更にギュッと握ってきたの。
ちょっと出過ぎたことしちゃったかなーと思いながら、そうこうしてるうちに爺が戻ってきて。
娘の様子がおかしいと気付いてどうしたの?って聞かれて、そのことを話してたら
今度はしゃくりあげて泣き出したのよー。
その日はそれでお別れして、婆すごく落ち込んだわ。
あー娘に嫌われちゃったらもうダメかもーって。
そしたらその日の夜に爺が「ちょっとだけ出られる?」って電話掛けてきて
近くの公園で話したのね。
そしたら娘が“一番欲しいの”は婆だったのよ。婆にママになってほしかったんだって。
でも言葉にできなくて、気付いてもらえなくて、悲しくて泣いたんだって。
それ聞いて婆の涙腺は破壊されたわ。そしてプロポーズされて結婚したの。

式の間中その時のこと思い出して、涙が止まらなかったわよ。
ずっとずっと良い子だったわ。妹のこともとっても可愛がってくれて一生懸命面倒見てくれて。
ああ、あの時本屋さんで気付かなかった鈍い婆の代わりに、ちゃんと爺に気持ちを伝えてくれて良かった。
おかげで爺と夫婦になれて、ふたりの娘の母親になれた。
ありがとうと崖から叫びたいわ。

         
2020年02月03日

811 :修羅場な話 2006/02/17(金) 08:35:00
半年前、飼ってた猫がタヒんだ。23歳だった。

両親は昔不妊治療をしていたんだけど、子供を諦めて飼い始めたのがチハルだった。
母親曰く、女の子が生まれたら付けたかった名前だったそうだ。
飼い始めて1年も経たない内に妊娠して(医者には奇跡と言われたとか)、
待望の妊娠だったから親戚一同に「猫を処分しろ」って言われたらしい。
でも両親は頑なに拒否して、そのまま俺が生まれた。
チハルはかなり子煩悩だったらしく、俺をとても可愛がっていていつも一緒にいてくれた。
昔の俺の写真には、必ずといっていいほど彼女の姿がある。

どんなに遅く帰っても、玄関まで迎えに来てくれた。
寒い日には布団にもぐりこんで来て腕枕。PCやってる時は膝の上。

同級生の女子とか家に来ると威嚇まではしなくてもかなりそっけない態度だったよな。
あれってやっぱり嫉妬してたのかな?
でも、たった一人にだけは最初から懐いてたよな。ゴロゴロ鳴らしてさ。
そう、今の嫁だよ。
お前にはわかってたのかな?「俺のことをよろしく頼む」とでも言っていたのかな。

彼女にプロポーズしようと思ってる、と打ち明けたときはまっすぐに見上げてくれたよな。
そして彼女がOKしてくれたという報告の翌日に旅立ってしまった。
「何でこんな時に」と思ったけど、考えてみれば「これでもう安心だ」と思ってくれたのだろうか。

生前、両親はよく「尻尾が何本になってもいいから、できるだけ傍にいてね。でもちゃんと見送らせてね」
と言っていた。
あの時は「何言ってるんだよ」と笑ってたけど、俺も全く同じ気持ちだったんだ。
ごめんな、素直になれなくて。

チハル。
今でも、これからもお前は俺の最高の「お姉ちゃん」だよ。
これから生まれてくる甥っこ、姪っこの事見守ってくれよな。

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