家族の記事一覧

         
2021年09月12日

69 :修羅場な話 2007/09/17(月) 16:35:32 ID:0OxgR/mE0
私が生まれた時、「末っ子」だったうちの犬は「おにいちゃん」になった嬉しさのあまり
専属子守りに立候補して、常に常に常に常に私をマークしていた
赤ちゃん布団や母の背中、ベビーカーやベビーサークルにいるうちは
目で追って追って追って追ってる(私が泣くと母にご注進に行く)だけだったけど
やがて歩きはじめるとさあ大変

さあお散歩に行きましょうね、と近所の公園に行き、ひらけた場所で私を勝手に歩かせる親
犬はこっち!と私を振り返り誘導しつつ、数メートル導いては駆けもどって私の背後や足元をチェック、
またダッシュして前にきては危なくない方向に誘導、ダッシュして戻っては私が疲れてないか
怪我してないか、変なものにつけられてないかチェック
へとへとだけど今日もいい仕事した!と得意顔で、親におぶわれて眠る私をチェック

5歳の時、親に叱られて泣いて家を飛び出した私を追ってきて、こっちこっちこっち、と誘導して
家に連れ帰り、親にごめんなさいを言いに行った私の手をなめて得意顔だった犬は
その数日後に肝臓の病気でタヒんだ

犬は偉大だ


         
2021年08月20日

320 :修羅場な話 2009/12/07(月) 21:08:04 ID:JKnm4DJt
月並み?だが、自分が養子だった事。
高校の修学旅行でパスポートが必要になり、戸籍謄本を取った時に愕然とした。
その日は何も手に付かず、夕飯で両親が揃った時、思い切って問いただした。

最初は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてた父が、みるみる目と口を開いていき。
「忘れてた!!」
今度は私が豆鉄砲を食らいました。

結婚当時、子宝に恵まれず、まだ赤ん坊だった私を施設から引き取った事。
年頃になったら説明しなきゃいけないなあ…と思いつつ、3人で生活している内に
養子という意識も薄れ、私が中学生になった頃にはすっかり頭から抜け落ちていた事。

「いや、小学校卒業した時に説明するかどうか悩んだ記憶があるから、それまでは覚えてたんだよ」
などとしどろもどろで言い訳する両親を見てると、ああ、二人は間違いなく私の両親なんだなあと
思えて、なんだか泣き笑いになってしまった。

あれから10年近く経つけど、私たちの関係に変わりはない。
今日が両親の結婚記念日だったので、ふと思い出した。

         
2021年06月27日

746 :修羅場な話 2009/01/11(日) 02:29:17
母親が母親になりきれず、小学生の自分に「お前なんか生まなければ良かった」と言われ
ちょっと記憶障碍?(4年程の記憶がない)になったり。

そんな母親と非常に仲の悪かったマザコンの父親にネグレクトから暴カといった結構な虐侍を受けたり。

そういう状況から幼くして家出をした自分を引き取り二人の従兄弟と分け隔てなく育ててくれた伯母伯父。

「お父さんが会社経営をしていて多少金銭的に余裕があったからお前を引き取ったんだよ。」って伯母。
身体弱くて引き取ってくれた12年のうち3年は入院してたじゃないですか。
今娘がいるけどお金だけじゃ子供は育てられないです。

お正月に会社の人呼んでお酒飲んでるときに「社長のとこどれが息子さん?」
って聞かれたときに僕は違うよって言おうとしたら「3人とも俺の息子だ」って。
トイレで泣きました。僕にはその台詞簡単には言えません。

結婚した時も子供が産まれた時も実の親より先に病院に来てくれてありがとう。
産まれた娘を抱っこしてもらうときに「孫じゃないけど似たような感じかな?」ってそっと聞いたら
「初孫よ」ってにこってしてくれたのは忘れられません。

弟達(従兄弟)へ、ごめんね。初孫は兄ちゃんが抱かせてしまいました。

小さい頃は自杀殳を考えたりとか人間不信、対人恐怖症で学校行けなかったり
パニックになったり色々迷惑をかけたけど自分の家族になってくれてありがとう。

今幸せです。

長くてすいません。

         
2021年06月25日

727 :修羅場な話 2021/05/26(水) 03:03:29 ID:TL.nr.L1
母には、数年前に亡くなった腹違いの姉がいる。
母たち姉妹や、兄と私の人生はこの人がいなければどうなっていただろう。

母が中学生の時、帰宅途中に自転車で転び大怪我をしてしまったらしい。
その時、1人の綺麗な着物の女忄生が駆け寄って来てくれた。
ブランド物のハンカチで躊躇せずに血を拭い、救急車を呼んで病院に付き添い、親御さんが来るまで私が居るわと5時間近く手を握り続けてくれたそう。
そこに血相変えて駆け込んできた祖母と顔を合わせたことで、母と女忄生は自分達が腹違いの姉妹だと知った。
女忄生、もとい伯母は5時間も待たせた祖母を母親失格だと罵り、母のことも
「あなた不イ侖の末に産まれた子供なのよ。人様の幸せを壊して、この女は私の母が身体を壊すまで離婚を迫ったのよ。」
と諸々暴露して去って行ったらしい。
思春期だったこともあり、以降母は祖父母と疎遠になっていった。
その頃、祖父母はというと、そこまでして貫いた道ならぬ恋にも関わらずほぼ家庭内別居状態だったとか。

母は後になって知ったそうだが、伯母は祖父の父母が長子として大変可愛がっており、先妻が出来た人だった事もあって祖父の方が祖父実家での居場所が無かったようだ。
その大事な伯母が籍に残った上で男の子を産んだため、曾祖父だけでなく祖父も大喜び。それが原因で祖父母の夫婦仲に亀裂が入った。

数年後、高校生の母は進学のことで祖父母と楺め、家を飛び出そうとした。
自分の人生は好きに生きるとカバンひとつで東京駅のホームに立っていると、女忄生に声を掛けられた。
伯母だった。
話を聞いた上で、「あなたただでさえ不イ侖の子なのだから、大学くらい出ておかないとどうにもならないわよ」と言われたらしい。
だが、母は妹に比べ成績が悪く、祖父母には専門で資格を取ることを勧められていた。
好きな進路など、お金を出して貰えるはずがない。
そう言うと伯母は、「なら私が出してあげるわよ。そうね~、あそこの女子大がいいわ」とポンと学費を払ってくれたらしい。

その後、母はしにものぐるいで勉強し、その女子大に見事合格。第1希望とはいかないまでも、なんとか進みたい方へと就職した。

         
2021年06月23日

65 :修羅場な話 2021/01/09(土) 12:15:37 ID:3P.qc.L1
くだらないけど、自分の神経が分からん話

子猫を保護して、そのまま飼って9年になる
大人しくて賢い猫で、うちは子供のいない夫婦なもんだから
情けない話だけどすっかり猫馬廘になり、子供のように可愛がってる

先日、年賀状用にと、猫に牛の被り物を被せて写真撮影した
可愛い(親バカ目線)写真が撮れて大満足し、被り物を外して何気なく
「これ可愛いから大事にしまっておいて、次の丑年にもまた使おう」と言った時
唐突に、ああ、次の丑年には多分この子はもう居ないんだな…と気づいて
なぜかすごいショックを受けてしまった

普段から、猫の寿命のこととか、シニア猫への対応についてとかは考えていて
理解もしていたはずなのに
こんなことで初めてリアルに、うちの猫が居なくなった世界を想像して泣いてしまった神経が分からなかった

         
2021年05月15日

1 :修羅場な話 2018/03/25(日) 17:35:16 ID:D6spYsUD0.net
何を言ってるかわからないと思うが

         
2021年05月10日

321 :修羅場な話 2021/03/22(月) 15:18:46 ID:???
百均ショップで婆様方は何か必ず買うものがありますか?

婆は子供の弁当用に10号のアルミカップをよく買っているの
内側にバターを塗って卵を落としてオーブントースターで焼くだけで、簡単目玉焼きのできあがり~!
それだけでなくて
・洗い物が出ない
・空いたスペースで同時に他のものも焼くことができる
・弁当箱に詰めるとき目玉焼きアルミカップの上半分にはサラダなどを入れられる
…ので、婆の作るお弁当では大活躍してくれる優れものなの

アルミカップは数字が大きいほど大きくて、よく売っているのは6号・8号・9号の3種類
10号のアルミカップはなかなか売っていなくて、見つけたときは即!1パックを確保することにしていたの

昨日も百均に探しに行って「ラッキー、見ーっけ!」って心の中で小躍りしていたんだけど


婆、もうお弁当を作らなくて良くなったの
二人兄弟の下の子が一人暮らしを始めるの
お兄ちゃんが家を出るときもさみしかったけど、弟までも巣立って行ってしまうのはまた一層寂しさが募るわね
ついいつもの癖で百均で10号アルミカップを探してしまったけれども、もう買わなくていいんだ と思ったら、
それまでは忙しさに紛れていた別れの実感が急に押し寄せてきて、

もう小さな子供ではないのに保育園の時に好きだったアンパンマンポテトとうさぎりんごは最後のお弁当でも入れたし、
「帰ってきたらすぐに弁当箱を水に漬けろ」と婆が言っても「疲れてるから後で」と言われて結局そのままというときが週一くらいであったり、
いろんなことがなんだかんだ思い出されてきたので、慌てて百均ショップを後にして来たわ


親子で過ごす日もあと少し
残りの日の晩御飯のおかずは好きなものばかりで送り出すわ


…まさか百均ショップで泣かされそうになるとは思わなかったわぁ





         
2021年04月20日

676 :修羅場な話 2012/03/01(木) 14:54:57 0
2年前。
うちはボロ社宅で、夫と子供と三人暮らし。
その日は所用で外出。しかも私の誕生日。最近仕事もうまくいかないことが
多いから、いい気分転換にもなった。今日からまた頑張って生きよう…
と、旦那と自分の共通の友人と合流して帰宅。お誕生日会をする予定だった。

と帰宅したら家が薄暗くてヘン。そしてなんか水っぽい!

家が、家中が、水浸し。まさに「目玉ドコー」
真上の階の人間が、シンクに栓して水貯めて洗い物する習慣だったそうで
水流しっぱなしで出社してしまったとか。

おどろいて固まっていたら、旦那が先に帰宅していて、
「いいから、お前は子供つれてなんか食べさせてこい」
なにがなにやらわからぬままファミレスで食事。旦那と友人は片付け。
食後帰宅して、貴重品とすぐ使うものだけ車に積めるだけ積み込み。
友人がホテルを手配してくれた。とりあえず全員でホテルに移動。

         
2021年04月16日

158 :修羅場な話 2015/03/08(日) 16:44:30 0.net
父と母は同級生。母は在学中に妊娠して父は卒業後に就職した。

母は姉と俺を立て続けに産んだ。姉が4歳、俺が3歳にになる頃、母は大学に受験して合格。学業と育児を両立させるのは難しいためか、両親の同級生で親友のおじさんがその手伝いをするようになった。
おじさんは在宅ワークなので都合が良く、快く引き受けてくれた。

おじさんは良い人だった。
幼稚園の送り迎えをしてくれたし、遊んでくれたし、勉強も教えてくれたし、美味しい夕食を作ったり、相談相手にもなってくれた。
おじさんがいたから両親がいない寂しさも感じなかった。

おじさんが育児の手伝いをするようになってから10年以上が経った。
母は大学を無事卒業して資格を取って就職、父も順調に仕事をこなし出世していた。姉は高校一年になった。
おじさんは育児や家事の手伝いの必要がなくなり、あまり顔を出さなくなったけど会いに行くと喜んでくれた。

ある日、姉が俺に告白した。
おじさんの事が好き、明日告白すると言った。
結果は惨敗だった。

         
2021年03月19日

888 :修羅場な話 2018/09/14(金) 21:50:47 ID:naOMWCAO0.net
再婚の馴れ初めだけど良いかな?
先嫁を亡くしてしばらく義父母宅に子供と一緒に居候して子育てを助けて貰った。
義父母が優しい方で我が子同様に可愛がって呉れた。

娘が成長してピアノを習い始めて、
発表会があったのよ。
その発表会で先嫁とそっくりなJK位の演奏を聴いていて涙が止まらなくなった。
そのJKの母親も旦那さんを亡くしていて、
私の様子に只事で無い印象を持って事情を聞いて来た。

恥ずかしながら頑張って来た緊張の糸が切れた事を話したりして、
娘も交えての交流が始まった。

義父母もそのJKが我が娘にそっくりな事に驚きつつ、
その交流を見守って下さって再婚する事にした。

オープンに育った今嫁の娘達は開けっ広げで、
私の娘とも仲良くなって、
夏など開放的な恰好をするので若い時の先嫁を見ている気がする。

今嫁はその私の目付きに気が付いて、
「娘に指一本でも触れたら杀殳す」と宣言されている。
私が今嫁を毎晩杀殳しているのでその心配は無い。

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