復讐の記事一覧

         
2019年10月13日

329 :修羅場な話 2016/08/15(月) 05:24:22 ID:ppO
めちゃくちゃ清々しい気分。ここまで上手くいくとは思わなかった

昔から兄のことが大嫌いだった
髪引っ張ったり蹴ったり叩いたり暴力は振るうし私の選んだ服を馬鹿にしてくるし風呂に入ってたらカメラ持って突撃してくるし勝手に引き出し覗いて中から物取っていくしタヒねとかブスとかデブとか胸小さいとか言ってくるし
まぁこの辺りは私しか嫌な思いしてないからいいよ
一番許せなかったのは私の友達にセク八ラしてきたこと
兄は「お〇ぱいの大きさを褒めただけ」とか言ってたけど彼氏でもない男に身体の特徴のこと言われて不快に思うのは当然でしょうよタヒねばいいのに


         
2019年10月02日

71 :修羅場な話 2015/01/18(日) 10:00:24 ID:V9V
コトメと一緒に嫁いびりしてくるトメ
でもコトメが嫁ぎ、トメも大病患ったりして弱り、いびられることも少なくなった
とは言え、焼かれた昔のアルバムや盗まれて他人にあげられた祖母や母の形見など、取り戻せないものが返ってくるわけでもない
そしてウトが逝き、消沈したトメは床に伏せるようになり、痴呆の症状も出てきた
旦那は単身赴任の上忙しく、コトメは隣県で自然と介護は私がやることに
伏せてから一年程でトメは亡くなった
通夜でコトメは泣きながら私を責めた
こんなに早くタヒぬなんておかしい、お前が毒でも盛ったんだろう!とか
旦那や親族の一人が、私は仕事も休職してちゃんと介護していた、自分は何の手伝いもしなかったのにそれはないだろう、とたしなめた
そもそも最期は病院で迎えたから、不審タヒというわけでもない
他の親族は、コトメちゃんもお母さん亡くして気が立ってるのよ、とかばっていたが、
私は泣き崩れ、一生懸命に介護したこと、頑張って長生きして欲しかったことを訴えた
嫁いびりをしていたコトメや、それを知っていた旦那以外は、私に同情し、中にはコトメに、実の母親なんだからアンタもちゃんと看てあげるべきだったと厳しく言う人もいた
居づらくなったのかコトメはコトメ旦那を置いて出て行った

実際、トメがたった1年でタヒぬなんて思ってもみなかった
おかげで言いたいことも全部は言えず、やりたいことも半分くらいしか出来なかった
それでもトメがコトメに遺しておこうとした着物や宝石(高かったらしいが古臭いもの)はほとんど始末出来た
子供時代のコトメを写した写真もトメの目の前で燃やした
トメが、コトメちゃんに会いたいと言えば、呼んだフリして、来ませんねえ、もうお義母さまのことはどうでもいいのかしらねえ、と語りかけた
ごめんなさいと謝られれば、じゃあ母の形見返してください、返してくれたら許してあげますよと言った
食事はちゃんと栄養第一で作ったが、味は泥水の方がマシじゃないかってくらいまで不味くするのに苦労した
毎日こんな風にするだけで人は衰弱してタヒぬんだね、脆い
毒、か
言葉も毒と言えるなら、コトメのセリフも間違ってはいない

         
2019年09月24日

735 :修羅場な話 2010/07/22(木) 22:31:56 ID:XHb7uVAr0
大好きだった会社の先輩♂に、彼の上司のホテルの部屋に置いて行かれ、
男のことが信じられなった。私のはじめては、その上司に奪われてしまい、
男が信じられなくなって、その彼に復讐しようと思い、上司に取りいって、
先輩♂のあることないこと吹き込んで、会社から辞めさせた。
その上司とはしばらく不倫関係を続けていたけど、むなしくなっちゃって、
マッチング系で男を漁ったり、別の上司を不倫をしたり、めちゃくちゃだった。

そんな中、今の旦那に出会って、他の男とは手を切って、幸せにやってるよ。
旦那に会っていなかったら…と思うとぞっとする。

…先輩♂には、いつか刺されそうでこわいww

         
2019年09月17日

546 :修羅場な話 2019/05/07(火) 13:54:26 ID:/mHplRR1M.net
娘が俺の子供じゃなかった。
検査したら否定された。
嫁はまだ俺が知っていることを知らない。
とりあえずケリつけてくる。
よかった まだ産まれてから1年経っていないので損害は軽微だ。
生活費はもう出さない。
家計は俺がもともと管理していた。
嫁専業だけどシラネ。
俺は親が遺した不動産で食い扶持には困らない。
嫁親もすでに他界 相続は義姉
義両親の老後を対応したため。
今 私達は賃貸住宅です。
とりあえず離婚成立させるか。
慰謝料は無理そうだ。能力ない。
請求しねえから判子おさせるほうこうでいくか。
間の相手めんどくせえや。
興味もねえや。
いま頭の中にあるのは
いかにして消えるか。

         
2019年09月15日

895 :修羅場な話 2014/08/22(金) 13:40:32 ID:oxn5WuEpv
旦那が浮気して相手に子供ができた。
自杀殳しようかと思ったけど、自分がタヒんだら引っ越しして何にもなかったふりでこの人たち
幸せになるんだろうなと思ったから、浮気の証拠をかき集めて、失踪した。
私みたいな失踪の仕方をすると失踪宣告が受理されるのに7年はかかるらしいから、
失踪宣告が受理されないように免許の更新と、年賀状を旦那の親戚と会社の人たちに出してる。
もちろんこちらの住所は書かずにね。
いつか私が離婚したくなるまでは続ける予定。
たまにばかばかしくなるけど、2人が結婚できなくて私を一生懸命探してるんだろうな
って思うだけで笑える。

         
2019年09月14日



11: 可愛い奥様 2012/08/13(月) 02:11:02 ID:vsP0Beik0
元カレをストーカーして大学中退、最終的に自*まで追い込んだことかな



         
2019年09月11日

955 :修羅場な話 2017/05/13(土) 08:06:30 a.net
ここでいいのかわからないけど。
あと3ヶ月で小中学生時代の友人Mが亡くなってから10年くらい。
Mは見た目は本当に可愛くて、✕✕券のイメージキャラクターになったり、つ✕くが影響を受けたきっかけと言われている歌劇団に所属してた。
影では絵に書いたようないじめっ子で、いじめられた子は登校拒否はまだ可愛いもので自杀殳未遂(飛び降りて奇跡的に助かった、)した子もいた。
何故私がそういった子達の登校拒否の理由とか自杀殳未遂の理由を知ってるかというと、いじめターゲットがなくなると、仲良くしてた同グループまで順番にいじめるんだよ。私もその1人。
私は登校拒否もせず耐えたけど。髪にアロンアルファつけられてめちゃくちゃにされて、ショートカットにしたくらいかな。
そこまでするとMはいじめのターゲット変える。んで、ターゲット変わると普通に「私達仲良し友達^^」みたいな態度で接してくる。
「ショート似合うね!」って。
本当に酷い奴だった。

成人式の時のような大体的な同窓会ってレベルじゃなくても、小さな集まりでも最低30人は集まるんだ。わりと都心だから結婚してもこの辺だったり、地方に嫁いだとかそれ以外はみんな地元から離れないから。
みんな知ってるから姑さん世代が子供預かってくれたり、とにかく大人になっても学生時代と変わらないような。

Mが亡くなったってメールで届いて。
お通夜、お葬式、私達世代の参列者が10人もいなかったって。
歌劇団関係らしき人が5~6人いたらしいけど、適当にお焼香してワイワイしながら帰ってたって。
Mの親と自分の親が仲良い関係で参列した子から聞いた話。
この時期になると「もーすぐ〇回忌だねー…お線香くらいあげに行く?」「行かねーよ」
この繰り返し。みんな。
「ざまあいい気味」
って思いながら飲んでしまう。辛い。

         
2019年09月06日

269 :修羅場な話 2017/09/11(月) 15:18:04 ID:5/n41x7C0.net
23才の時に33才の人を好きになり、私からアタックし、付き合う事に。
でも彼から「年齢差あるし、結婚は無理と思う」と言われてた。
私も若かったからそれでいいと思ってた。
ある日、彼、彼友達、私の3人で飲んでいると、友達が「結婚はいつ?」と聞いてきた。
彼はふざけた様子で「ないない!結婚はもっと大人な女性.がいい~」と。
その友達が「彼女の前で失礼すぎ!」と怒った事もあり、彼は自分の言動を後悔したようだったが謝罪はなし。
私は、無神経な事を言う彼を許すまいと思った。彼の前では気にしてないフリをしながら。

         
2019年09月02日

558 :修羅場な話 2016/07/18(月) 06:25:54 ID:tCJ
自分名義の土地を、適正価格で売ったというだけの話。
書いてみたら愚痴まじりで長くなったので、お暇な人だけどうぞ。

私が中学生の時、両親が離婚した。
父の愛人(不倫より本気で、何年か“囲って”いた)に子供が生まれたからだった。
私には15歳下の(異母)弟ができた。
それから25年、父が病気でしんだ。
生前に弁護士を頼んで遺言が作ってあって、
私の相続分は、父の家の土地の、何分の一かだった。
驚いたことに、母に払った慰謝料が、私に対する生前贈与として算入されていて
(そんなことができるのかと思うだろうけど、弁護士を入れれば何でもできるさ)
その分と、土地の評価額を足して、遺留分きっちりの金額だった。
その土地には家が建っていて父家族が暮らしていて、
その一画が私の名義といっても、私には何もできない。

その時私は40歳独身、父の考えとしては
→どうせ私は独身のままだろう
→15も年上の私はどうせ弟より先にしぬ
→その頃には私の母もいってるだろうし、法定相続人は弟1人
→土地はそのまま弟のもの
→俺ってよい父親!
だったと思う。

父は愛人の子が男の子とわかって狂喜して、母に離婚を突き付けたからね。
その前から、私にもよく「おまえが男の子だったらなあ」って言ってたからね。
男の子にすべてを遺してやりたかったんだろうね。
弟には、私の時とは桁違いに、教育にも習い事にも遊びにもお金をかけてやってたしね。

         
2019年08月18日

745 :修羅場な話 2013/06/16(日) 09:32:23 ID:Q+a4+uaA0
結果的に復讐になった話。(長いです)

両親の離婚を切っ掛けに6歳から母方の祖母と2人暮しをする事になった。
始め祖母は優しかった。けれど、2ヶ月も経たない内に虐待が始まった。
肉体的には、平手打ち、蹴り、物で殴る等、手加減か年寄りだからなのか大怪我をさせられる事は無かった。
しかし、精神的虐待は日を追う毎にエスカレートして行き、
7歳になる頃には私は原因不明の体調不良を度々起こす様になり、病院で自律神経失調症と診断された。
祖母はこの診断結果にも激怒して、だらしが無いからだ!と私を罵った。

精神的虐待は理不尽に罵る蔑む、私の大事にしている物を壊す等色々有ったが、
1番キツかったのは毎晩布団に入ると始まる儀式だった。
「お婆ちゃんは年寄りだから、明日の朝あんたが起きたらタヒんでるかも知れない」
と言い始める。子供にとって1番身近に居て頼るべき存在の消失は最大の恐怖だ。
私はタヒなないで、と泣いて何十回も頼む。すると祖母は満足して先に寝てしまう。
当然私は寝付けず、連想ゲームの様に恐ろしい想像が膨らんで行く。
それはいつも全人類がタヒに絶えてたった1人残されるというもので、
世界中の人の代わりに自分だけがタヒぬという願いに近い妄想に行き着く。
すると少し安心出来、手を組み合わせ自分のタヒを祈りながら眠りに着く。
私は殆ど毎朝泣き過ぎて腫れた目で登校した。これが14歳までほぼ毎晩続いた。

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