485 :修羅場な話 2016/06/07(火) 19:23:42 ID:oXS
母親への気持ちをうまく消化できなくて苦しい。
短くまとめようと思ったけど、なかなかまとまらず、長文になってしまった。


母親は典型的なDQN。
未成年・未婚で私を産み、数年後再婚してまた子供を数人産んだが離婚。
子沢山シングルマザーになった。
明日の食べ物にも困る日のある幼少期を過ごした。

母は感情の起伏の激しい人だ。
些細なことで激昂する。
歳をとって、その傾向は年々強くなっていると思う。
また気分にムラがあり、昨日笑っていたことで今日は怒る…ということが度々あり、私含め兄弟は人の顔を伺う子に育った。
㬥カも日常茶飯事で、押さえつけられて育ったため、兄弟たちはこの親から産まれてきたのが信じられないくらいまともないい子に育っていると思う。

若い頃から子育てしかなかった母親なので、歳を取ってから遊ぶようになった。
「飲みに行く」と言って出て行き、帰るのが遅くなることも出てきた。
働かず、生活保護になった。
しばらくは「母も大変だったから、今は休むときなのかな」と思っていた。

私は家を出て働き始めた。(自宅にいると家の収入として取られてしまい、自立できなくなるので)
奨学金の返済もあるので、生活はかつかつだった。昼夜休まず働いた。

母から「お金が足りない」「貸してくれ」という連絡が来るようになった。
家にはまだ義務教育中の弟がいる。
弟たちがごはんを食べられないのは嫌だった。本当は私が借りたいくらいだったが、自分の手持ちが数百円になろうと、貸した。
きちんと言われた日に返ってはきた。

やがて私は職場で出会った人と結婚した。
その時弟は、社会に出た者も、まだ学生の者もいた。
長男は一生懸命働いた給料のほとんどを母に取られている、とほかの兄弟から聞いた。
切なかったけど、何もしてやれなくて、口出しもしなかった。

結婚式はしないつもりだったが、義両親が納得せず、身内だけで小さな結婚式をした。
プランナーが「新婦の母への手紙」を勧めてきた。夫も乗り気だった。
嫌だったが、夫は私と母の仲が良くなることを望んでいて、これがいいきっかけになると強く勧めてきた。
今後の結婚生活のこともあり、断固拒否して雰囲気が悪くなるのも避けたくて、読むことにした。

それから、母の私への電話が増えた。
家を出てから「お金貸して」のメール以外ほとんど連絡なんてなかったのに。
内容はだいたい弟の愚痴だった。
弟たちとうまくいっていないようだった。
手紙のせいで、「娘は私の味方」と思ったんじゃないだろうか。
「私が早くタヒんだらいいのよね、私なんかいい母親じゃないもんね」
否定して欲しそうな口ぶりだったが、私は曖昧に笑うしかできなかった。電話がスト乚スだった。